アウシュビッツ強制収容所解放60周年記念式典が行なわれておりましたね。
海外ニュースが全然見られなくて残念。
ボロクソNHKが得意のドキュメンタリーを放送することと期待しているのですが。

NHK10時のニュースで見たアウシュビッツからの生還者が、「私にはここで起こった出来事を後世に伝える責任がある」と話していたのが印象的でした。

イギリス人の半分以上が「アウシュビッツ」という言葉を聞いたことがない、という調査結果が出たことに、大変衝撃を受けました。
私の中では、原爆と並ぶ人類の負の遺産を、聞いたことがないというのは、小学校で足し算を習わなかったと言っているのと同じに思えるのです。

スマトラ島沖大地震の犠牲者が、25万人を越えて未曾有の被害をもたらしています。
25万人の人がインド洋沿岸の各国で亡くなったというのは想像もできない被害だな、と思うのですが、ナチスによるユダヤ人虐殺の犠牲者は、600万にものぼると言われています。
津波の、えーっと、24倍の犠牲者です。
ヨーロッパだけで。
しかもそれが、自然災害や戦闘によってではなく、人の手によって殺されたのです。
想像したくもないです。

アウシュビッツだけで600万人殺されたのではないけれど、代表的な強制収容所の名前を聞いたことがないとは、一体イギリスではどんな歴史教育をしているのでしょう?王子があんな格好をするくらいですから、推して知るべしってやつですね。
そういや戦勝国の歴史教育って考えたこともないや。

大学3年生の時にアウシュビッツに行きました。
2年生の時に、一番最初に作られた強制収容所に行ったのですが、その時に「これはアウシュビッツにも行かねばならない」と妙な使命感を抱いたのを覚えています。
歴史を学ぶ身としては、行くべきだと常々思ってたのもあったけど。
大した研究をしてたわけじゃないけど。

空は灰色に曇り、9月下旬だというのに気温は12度くらいしかなく、ものすごく寒かったのをよーく覚えています。
テレビや教科書でよく見た、「Arbeit macht frei」の門を見上げた時、なんともいえない気持ちになりました。

ほぼ単一に近い民族の住む島国の人間である私には、人種や宗教の違いが憎しみを生み出すということは、どんなに勉強しても理解できない感情です。人種・民族・宗教差別が理解できないだけに、アウシュビッツもきっと一生理解できないんだろうな、と思います。

死の壁の前に立ったとき、何を思えばいいんだろうと悩みました。
山のように積み上げられた靴やカバン、壁一面に広がる髪の毛、その髪の毛で作られた布地。
悲しみ・憎しみ・同情、どれも違うんだけれど、何も思わないわけではない。

公開処刑所が、あまりにもそっけない鉄棒だった。
ルドルフ・ヘスがつるされた絞首台も、とてもそっけない、ただの鉄棒だった。
史上最悪の犯罪者を吊るした鉄棒には見えなかった。

さすがにガス室だけは怖かったです。
人がここでいっぱい死んだから、という単純な理由ではなかったのですが、本当に怖かった。すぐ出てきちゃったのであんまりちゃんと見てません。
人間が大量に殺されたことへの恐怖と、人間が大量に殺したことへの恐怖ってとこかしら。
ガス室の隣が焼却場で、その先に出口があるわけだけれど、その道を通ったユダヤ人はいないのか、と考えながら飛び出しました。

有名な鉄道の引込み線があるのは、第二収容所のビルケナウというところです。ここはナチスが証拠隠滅のためにガス室は破壊してあるのね。
建物もほとんどなくなってて、一部の宿舎と記念碑と、鉄道の引込み線があるだけ。

日本人の私が、ここで何を思えばいいんだろうとやっぱり悩みました。
遠く離れた国に住んでいる私にとって、アウシュビッツはタダの知識なのでしょうか?私の知っているアウシュビッツとは何なのでしょうか?アウシュビッツの何を知っているのでしょうか?
歴史はあまりにも重過ぎて、私の小さな脳みそでは抱えきれなかったようです。

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